Z 決断を迫られる

Zは、今年、サッカーをやらない事に決めた。はずだった。

理由は、以前も書いたのだが、トライアウトで去年のチームからはずされてしまったから。実力ではずされたのなら、納得がいった。でも、実力ではなく、親たちの裏工作ではずされてしまったのであった。

Zの去年のチームはAチームと呼ばれ、一番実力のあるチームだと思われている。(が、実際には、親たちの根回しで、誰をこのチームに入れようか影での工作があるわけなのである)今年は、ZはBチームになったのであった。それで、サッカーをするのを止める事にした。

そもそも、Zにとってサッカーは、なければ死んでしまうというものではなく、友達と一緒になる機会だったわけなのだ。だから、サッカーがなくなっても、彼にとって何の支障もない事であった。

親の私が言うのはちょっと親ばかっぽくなってしまうが、実際に公平な目で見て、Zにはサッカーの力がある。だから、彼はサッカーを続けるべきなのである。そう思ってしまっていた。

そんな矢先、Bチームのコーチから、何度も電話がかかってきていた。「Zはサッカーをするべきだ。」「なんとか、Zと話す機会を与えてくれないか。」「週末のトーナメントに出て、チームの感じをつかんでみないか。」と、、、、。

しかも、このコーチ、恐ろしくなってしまうような裏話を披露してくれた。

絶対に他言はしないでくれといわれたのだが、このブログ上ではいいかなと思ってしまう。

去年のコーチは、クリスチャンが大嫌いだった。それから、チームの中心となっていたひとりの父親Aさんが、クリスチャンを憎んでいた。彼は、奥さんがクリスチャンになり、離婚したのであった。だから牧師を特に憎んでいた。それは、なんとなく感じていた。この二人の目的は、「Zを徹底的に破壊する事」だったのだそう。

Zは、オールラウンドのプレーヤーなので、彼がもっと実力をつけてしまうと、Aさんの息子のポジションが危うくなってしまうのであった。だから、何とかして、あらゆる面から、精神的にも肉体的にもZを破壊しようとしてきたのだそう。それを他のチームのコーチに告げていたそう。

Bチームのコーチは、それを聞いていたので、Zがどんなプレーヤーなのか見てみたかったそう。そして、ハワイの地区大会でZのプレーを見て、驚いてしまったそう。「この子は、他の子よりも3年は先をいっている」、、、、。つまり、今の段階でZのチームメートは個人プレーばかりで、他の子にボールをパスする事を考えないのだが、Zはあいている子を見つけられてその子にパスをする事ができる。このコーチは、Zのプレーをハワイで見て、「この子こそAチームでプレーするべきなのに、、、」と思ってしまったそう。

Zがサッカーを止めてしまった事を知ったこのコーチは、Zに機会を与えたくて、何回も電話をしてくれていたのだった。

ということで、昨日から、今週末のトーナメントにZは出ている。チームに19人いるのだが、Zは交代される事なく、試合にずっと出ていた。

恐ろしい事に、去年のひどいコーチはZに心の傷を与えていた事が明らかになった。コーチが誰かを交代しようとすると、Zはすぐに走って行って、自分からフィールドを出ようとするのであった。それは、去年のコーチが、Zに全く機会をあたえてくれなかったから、、、。まるでパブロフの条件反射のように、交代といわれると自分だと思ってしまっているのである。

今日もまた2試合がある。昨日の試合、Zは本当に楽しんでいた。

次の段階としては、このチームとサッカーをするかどうかの決断が迫られている。どうなるのか?

私は、日曜日の早朝、ネブラスカ州のオマハへ飛ぶ。上の子、Kがジュニアオリンピックの全国大会に出るからである。今回は母と娘の二人旅。まるまる1週間、二人で出かける。どうなることやら、、、。

ということで、またしばらくブログはご無沙汰となってしまう。

陸上三昧

またまたご無沙汰をしてしまった。

夫とZがハワイから帰ってきて、また普通の生活に戻った。

気が付かなかったのだが、夫とZがいない間、私の眠りは極端に浅くなっていたようだ。自分では自覚していなかったのだが、二人が帰ってきた先週の金曜日、そして土曜日と二日間、私は眠り姫となってしまった。先週の土曜日は、一日中寝ていた。

午前中はがんばって起きていたのだが、お昼を食べたあと、Zが庭でゴルフの練習を始めた時からもうだめだった。彼の練習を見ていてあげようと思って、外に出て行き、走り高跳び用の大きなマットの上に寝転んだのが間違いであった。

先週はものすごく暑い日が続いた。土曜日は31度以上あった。その中で、ついつい3時間も寝てしまったのであった。よっぽど疲れていたのであろう。

おりしも、先週の金曜日から、我が家から約2時間離れたユージーンというところで、陸上競技のオリンピックの選考会が開かれている。ということで、我が家はもう、陸上一色。

チケットはもうすでに売り切れ。だから、手に入らなかった。Kの友達で、ユージーンに住んでいる子は、ボランティアをしている。うらやましい限り。

テレビでもこの選考会を放送しているが、陸上競技は、アメリカンフットボールやバスケットボールに比べると、マイナーなスポーツ。ということで、放送も毎日ではなく、時々1時間という感じ。すごく悔しい。ケーブルがあれば、見られるのだろうが、我が家はケーブルはもちろんない。テレビだって、35年前のテレビである。だからDVDを見ることができない。DVDを接続するアウトレットがないのである。それでも、不自由はしていない。今回だけ、ものすごく残念だが、、、、。

ところが、神様はKがものすごくこの陸上競技会を見たいことをご存知で、なんと、知り合いの知り合いを通して、昨日の7月4日のチケットを下さったのであった。

ということで、昨日、Kと夫はユージーンへ出かけていった。おりしも、彼女が去年会ってお話をした、ナイキで走っている、カラ ガウチャーが5000m走を走る日であった。

午後1時に家を出て、帰ってきたのは夜中の12時近く。とても興奮して帰ってきた。行ってよかったそう。こんなに小さな事さえも気にかけてくださる神様に、本当に感謝。

Kはいろいろな意味で刺激を受けてきたよう。

夫は、オリンピックレベルの選手は、やはり始めから能力が備わっているということを改めて感じて帰ってきたよう。「どうよら、うちの子供たちは、お前の血を濃く受けてしまったようだね。」とはっきりではないけれども、間接的に二人はオリンピックレベルの選手ではない事をほのめかしていた。そして、その理由は私の血であると、、、、。アメリカ人なのに、こういうとき、彼の中にイギリス人の血を見てしまう私である。(彼の先祖はイギリス、スコットランド出身なのである)

Zと私は、Zの友達のブランドンの家へ、独立記念のパーティーへ呼ばれて行って来た。持ち寄りの食事で、それから花火をした。オレゴンは、5m以上火が上がる花火を禁止している。だから、結構小さめの花火しかできない。が、コロンビア河を越えたワシントン州では、高く上がって飛び散る花火が売られている。ということで、ブランドンの近所の人が禁止されている花火を、$1000分買ってきて、私達を楽しませてくれた。

花火のドン、ドーンという、心にずしーんと響く音を聞きながら、日本のというか、仙台の8月の七夕祭りを思い出した。もう、七夕へ行く事もないのだろうなと思うと、毎年のように、人ごみにまぎれて言っていた仙台の七夕をいっそう懐かしく思ってしまう。子供達にも一度は見て欲しいものであるが、実現できるかどうか、、、、。

来週は、子供達のジュニアオリンピックの地区大会で、ワシントン州のスポキャーンというところへ行く。車で、約6時間かかる。夫はいけないので、私と仮免を持っているKが交代で運転していく。

そして、20日からは、ジュニアオリンピックの全国大会で、ネブラスカ州のオマハへ行く。これはKと私の二人旅。競技の合間に、アイオワに住んでいる友達の所へ行く予定。もう10年も会っていない友達である。今から楽しみである。

と、今年の夏もまた、陸上三昧の我が家である。

日本へ帰る日はいつか来るのだろうか、、、、、?

早朝の訪問者

土曜日の夜、友人の家から遅く帰ってきたKと私。

「明日は8時半に起きても間に合うからね。」と言って寝たのであった。

ところが、日曜日の早朝。といっても7時ちょっと前。

ドンドンドン!と我が家の玄関のドアを叩く音で目を覚ましてしまった。

私の最初の反応は、「夫がいないのに、変な人が玄関に来ていたらどうしよう!」であった。

ドア越しに外をのぞいてみると、女の人が立っている。ドアを開けると、

「気球がここに着地したのですが、ここで気球をたたんでもいいでしょうか?」

気球?

そうなのだった。土、日と、隣町のタイガードでバルーンフェスティバル(気球の大会)があったのだった。ここに住んで10年。子供達が小さい時は、この気球を追って車を運転し、着陸を見学に行ったものであった。

今回、子供達が大きくなったこの時期に、気球が我が家に着陸してくれた。(ちょっと遅すぎた?)

あわてて着替えて外に出て行くと、真っ青な気球が、我が家の庭にちょこんと座っていた。

気球をたたむ前に、気球と一緒に写真を取ってあげるといわれ、急いでKを起こしにいく。彼女は起こさなければ、いつまでも寝ているティーンなのである。

寝ぼけ眼でも、やはり気球をこんなに近くで見られるということは嬉しいらしい。

空には、まだまだ10機以上が浮かんでいる。

庭に着陸した気球がたたまれてしまうと、Kは「他の気球を追って、着陸を見に行こうよ」と言ってきた。

そういうわけで、教会が始まる前、日曜日の朝、私たちは気球を追って、近所を徘徊してしまったのであった。なんか、すこぶる健康的な母娘である。

お茶目な母

先週、実家のある仙台、というか岩手、宮城県に大きな地震が起きた。知ったのはこちらの朝、日本のすでに夜の11時半を過ぎた頃であった。

ニュースをインタネットで見ていると、地割れがしていたり、温泉にいた人達で、そこから出られなくなってしまった人もいるということ。読めば読むほど心配になってきてしまった。実家は、7年ほど前に、郊外の、温泉の湧くリゾート地に引っ越したのである。

30年前の宮城県沖地震を体験した者として、大きな地震と聞くと、あの当時の恐怖を思い出してしまう。それで、夜遅かったが、実家に電話をした。

「すごく大きな地震があったんだってね。大丈夫?」

「それがね、もうおかしいのよ。お父さんが病院へ検診に行く日だったから、車を運転して病院に向かっている時に地震が起きたみたいなの。でもね、私、運転していたから、地震なんて、全然感じなかったのよ。病院へ着いてから、余震がきて、怖いって叫んじゃったの。そうしたら看護婦さんに、もっと大きな地震があったのを知らないのかって、ちょっと馬鹿にされちゃったわよ。でも、運転していて良かった。地震があったなんて、本当に分からなかったのよ。」

話を聞いていて、気が抜けてしまった。

地割れして、道路が切断されていた所もあったわけなのだ。だから、運転していて良かったなんて、実は良いわけないのである。

全く、私の母は、ちょっとお茶目な所がある。

でも、両親が無事で、本当に良かった。こんなに離れて住んでいると、本当に心配する事しかできない。それと、祈るのみである。

近況報告

お友達から、「ご主人、ヴァージニアに行ったきり、帰ってきていないわよ。」と言われ、ブログの上では、彼はまだヴァージニアだった事に気が付いた。

彼のいなかった2週間、本当に忙しくて、ブログに手を出す暇もなかった。疲れて、夜はすぐに寝てしまっていた。

彼が帰ってきてからの2週間はあっという間に過ぎ、現在、夫と下の子Zはハワイにいる。Zのサッカーの地区大会のためである。

都合のいい事には、一番やすい飛行機のチケットを取るには、ハワイに2週間滞在しなければならない。地区大会の1週間だけ滞在すると、飛行機代が一人分約400ドルも多くなってしまう。ということで、彼らは2週間ハワイにいる事になる。

夫は、昔からサーフィンをやっていた。ヴァージニアの海の近くで育ったので、(実家はビーチまで2ブロック歩くだけ)根っからのサーファー。昔はずっと海で過ごしていたので、ヒッピーみたいな長い髪が、日に焼けて金髪になっていた。あの頃に出会っていたら、結婚しただろうか?

そういうわけで、彼は自分のサーフボードを持ってハワイへ出かけたのである。

木曜日の午後にハワイに着き、コンドに荷物を置き、すぐに海へ行ってサーフィンをしたそう。サッカーと言うよりは、サーフィンのためにハワイへ行った彼らである。

Zは釣竿と網を持って、釣りに励むと言う事であった。彼の友達のブランドンは、一番の釣り友達。二人で毎日釣りに行っているという事である。

Kと私は、毎日遊びほうけている。

二人が出発したのは、なんと私の誕生日。

ということで、木曜日は、Kが友達と陸上のトレーニングをした後、和食のビュッフェへ行った。Kの友達と彼女のお母さんも来てくれた。その後、4人でダウンタウンをウインドーショッピング。

金曜日。Kは午前中勉強。私は、Zの部屋のペンキ塗り。彼がいない間に、ペンキを塗って、いらないものをすべて捨てる予定。特に、おもちゃ関係。それから服。愛着がありすぎて、小さくなったトレーナー、彼は捨てられないでいる。おそらく、無くなっても気が付かないものが多いだろうから、この機会にどんどん捨てる事にしている。

土曜日。午前中はまたペンキ塗り。午後は、老人介護施設に入っている、97歳のおばあちゃんを訪問。その後で、4時からKが陸上のレースに出た。そして、6時から、日本人のお友達のお家に夕飯へ行く。二人のお友達が、私のお誕生日にと夕飯を一緒に食べる事を計画してくれたのである。結局、3人とも夫が不在、或は仕事で遅かったので、11時位まで話し込んでしまう。夫たちは、「何でそんなに話す事があるの?」と不思議がっているが、話す事は尽きない。

ざっとこんな風に、またまた私は夫のいない間に、忙しい生活をしている。
来週は、Kの友達が来始める。火曜日は、Pちゃん、木曜日は、Aちゃん、金曜日はKちゃんという感じ。Zがいないから、Kは少し寂しい感じ。

毎晩二人で、いろいろな映画を見ている。夫は一度見た映画は二度見ることが少ないので、二人して、好きな映画をまた見ている。これも結構楽しい。

女同士のお話も、少しずつ始めている。二人きりの貴重な2週間を与えられたので、有効に使っていきたいものである。

母子家庭

先週の月曜日、19日から、夫が東海岸へ行っている。
妹のご主人が亡くなったので、彼女のために、2週間ほど一緒に過ごす事にしたのだった。

ということで、19日から私達の母子家庭が始まった。

とたんに、日本人に変化した私。可能な限りスケジュールを入れ始めたわけである。
月曜日の朝、10時に彼を空港に下ろしてから、家に帰ってきてすぐに陸上のトレーニング。その後、子供達はベビーシッターのアルバイトが入っていたので、私だけ友人訪問のため外出。その後、Zの高飛びの練習があり、家に帰ってきたのは8時。子供達をまた置いて、近所の友人の所へ荷物を降ろしに行く。が、話し始めたら止まらなくて、9時半くらいになってしまっていた。

夫がいなくなって、歯止めが利かなくなってしまったようだ。

変な表現なのだが、私は西遊記のお釈迦様の手の中で暴れている孫悟空みたいだと思ってしまう。自分のしたい放題、思う事をして走り回っているけれども、夫という、どっしりした人の手の中で転げまわっているだけのような感じがする。

現に、やりすぎているなというときには、彼からストップがかかるのだ。

だから、彼がいない今、すべてに歯止めが利かない。スケジュールが入りすぎて、ものすごく疲れている。

ああ、早く帰ってきて欲しいと思ってしまう私である。

子供達二人なんて、夫が家を出るとき、半分泣いていた。(15歳と12歳の子達がである)
ああ、私が一人で日本へ行く事があるときには、泣いてくれるのかしら?と思わされてしまった。おそらく泣かないでしょうね。母は、厳しいのである。

Z 決断の時

来年度のZのサッカーのトライアウトが、日曜日と月曜日にあった。

これまでも何度も書いてきたが、この一年間、Zはコーチに馴染めず、結構苦しい一年を過ごしてきた。サッカーに対する熱い思いもすっかり冷めて、どちらかというと、チームメートに会いに行っているという感じであった。

先週の土曜日は、州の大会の決勝戦があり、Zのチームは優勝した。Zはその週、ずっと体調を崩しており、練習へ行けなかった。ということで、決勝戦には10分しか出してもらえなかった。それは、それで良い。彼の体調が100%ではなかったのだから、、、。

そもそも、トライアウトとは、誰がどれくらいの能力を持っているかを、コーチが見る機会である。その中から、コーチが自分のチームにほしいと思う人材を選ぶのである。

トライアウトは、日曜日の午前、午後、月曜の午後と3回あった。そのチームに入りたかったら、3回ともすべてに行った方が良いといわれている。

が、Zは、「もう僕は、サッカーに僕の生活を振り回されるのはイヤだからね。日曜の朝のトライアウトは行かない。教会へ行く。」と言ってきたのである。

あなたの決めた事なら、それでいいわよということで、日曜の朝のトライアウトへは行かなかった。

教会の後、午後のトライアウトへ行ってみて、私は驚いてしまった。ものすごい数の男の子達がトライアウトに来ていたのである。つまり、このチームは2年続けて州のチャンピオンになったので、強いチームに入りたいという子供達がたくさん来たのであった。

半分くらいがヒスパニックの男の子。この子達のプレーを見ていたら、今のチームの子、ほとんどがトライアウトに受からないというのが一目瞭然。この瞬間、私は、Zは受からないだろうなと思ったのであった。

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メヌエール

土曜日、とても忙しかったのだが、Zのサッカーチームが州の大会で優勝した。

その後の、パーティーで、頭がくらっとしてしまって、「あれ、どうしたんだろう。貧血かな」と思っていたら、夜から、メヌエールが再発。いまだにくらくらしている。

ということで、今回は、何日間、このめまいとお付き合いするのか分からないのだが、しばらくブログはお休みということです。

今も、吐き気とめまいの中にある私。

にせブロンドのK

我が子、Kは、親の私が言うのもなんだが、結構しっかりした子だと思う。

弟の面倒をよくみてくれるし、よく気が利く。私が洗濯機をまわしっぱなしにしておくと、洗濯物を乾燥機に移し、乾いてからたたんでおいてくれる。それから、各自の部屋へ、それぞれの洗濯物を配達もしてくれる。なかなか、いい子に育っていると思う。(食器洗いだけは、嫌いな様。Zの専門となっている)

が、Kは以外にも、「お間抜け」な所があるのである。

例えば、昨日の朝。彼女はハイスクールで中国語のクラスがあった。

迎えに行った車の中で、首をかしげながら、彼女は言ったのだった。
「今日さあ、黒板の字が見えなかったの。コンタクト変なのかな。私の目が変なのかな。」

「そんな、今日突然目が悪くなるわけないから、コンタクト、逆に入れちゃったんじゃないの?」と答えた私。

家に帰ってから、右と左にコンタクトを変えて、Kは「あ、やっぱり左右間違えてたみたい。」と言った。

やっぱり、この子はブロンドなんだわと、Zと二人でため息を付いてしまった。

英語で、可愛い意味での「お間抜け」を「彼女はブロンドだからね」と言う表現をする。つまり、青い目でブロンドの、一般的に思われているきれいな人で、頭が弱い人と考えていただければよいと思う。これをまともに使ってしまうと、差別用語になってしまうが、友達をからかってよくこういう表現を使う。

我が家では、Kはしっかり「ブロンド娘」として扱われている。それも本物のブロンドではなくて、「にせブロンド」。

昨夜、寝る前に、Kはコンタクトを取ろうとしてバスルームへ行き、そこから転がるように出てきて、床に転がって笑い始めた。

Zと私は、狂った人間を見てしまったかのように、凍り付いてしまったのだが、Kは笑いを止めない。

しばらくして、やっと笑いが収まり、事情を話してくれた。

昨日、一日中、彼女は、この私のコンタクトをつけて過ごしていたのである。だから、何も見えなかったのである。

私は、左目が非常に悪い。右目は普通。だから、普通はコンタクトなしで生活しているのだ。コンタクトを付けるのは、土曜、日曜くらい。子供達のスポーツの時、教会、それから、何かフォーマルな時だけ。

Kと私のコンタクトの入れ物は同じ。ただ、Kの方には、緑の印が付けられている。

が、Kはなぜか私のコンタクトをつけてしまったのだった。だから、コンタクトをしても、見えないのは当たり前。左目しか度が入っていないのだから、、、、。

だから、KはブロンドなんだよとZにまたいわれてしまったKであった。

頭がブロンドの娘を持つと、毎日が楽しくなりますよ。

胃が痛くなる母

明日の金曜日、KとZはピアノのシラバスというグレードテストを受ける。

Kの前の先生は、韓国人で、日本で中学、高校を過ごした方なので、日本的なものすごく厳しい指導をされていた。例えば、テストには、スカートをはいてくる事(男の子は一応、教会に着て行くようなシャツとスラックス)、髪の毛は顔にかからないようにする事、マニキュアは落とす事、などなど。本当に細かかった。

それ以上に、テストへの準備がものすごく完璧に行われていた。Kよりも先生の方が緊張していたようである。

1年半前に、先生が変わり、現在のアメリカ人の先生についた。彼女は、前の先生とは、全く違っていた。

例えば、Kがマニキュアを落としていくのを忘れていたら、「あら、可愛い色じゃない。」と褒めてくれる。

また、テストの準備にしても、大雑把。

今回は、Kの方がやきもきしているくらい。

演奏はいいのだが、理論の方がとても心配のよう。親としても、胃が痛くなってしまうほど。ああ、次から次へと、心配事は出てくるのである。

まあ、演奏の方が一応はできているので、いいということにしておこう。

Zは、明日がはじめてのグレードテスト。彼は、結構本番に強いので、大丈夫だと思うのだが、最後まで何が起こるか分からない。

ああ、明日、私は何も食べられないのだろうな。今から、胃が痛くなっている私である。

自分が弾く方が、よっぽど楽なのである。

親になってから、心労という言葉、身にしみてわかるようになりました。