ビーサン

日本を離れて、はや20年。現在の日本の状況が分からなくなっている。

特に、新語が分からない。

この間、ある作家のエッセーを読んでいて、「ビーサン」という言葉に遭遇した。
この言葉は、まさに遭遇としか表現の仕様がなかった。

「ビーサン」って、一体何?と思ってしまったのだ。まったく、何なのか想像もつかない。

結果的には、ビーチサンダル=ビーサンな訳なのだが、私にとっては「もう、ついていけない」という世界。

というわけで、ヤフーの新語辞典をパソコンのフェイバレットに加えた。

この辞典を見ていると、本当に日本語は変化している。分からない言葉だらけ。

例えば、

オタリーマン = オタク + サラリーマン

次から次へとでてくる。

実を言うと、オタクという言葉の意味も、ハッキリとはつかめていない。オタクという方を拝見してみたいものである。オタク=geekという感じだろうか?

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11歳の子をアルツハイマーにしないために

我が家の下の子Zは、とても面白い子である。ユーモアがあると言えば聞こえがいいのだが、ハッキリ言って、お笑い系である。

誰も聞いていないのに、一人でずっと話している。

「ねぇ、Kは勉強しているし、私は本を読んでいるんだから、あなたが何を言っていようが、誰も聞いていないのよ。」と私が言うと、

「1分で良いから聞いてくれる?」と始まって、延々と10分くらい、くだらないことを話続ける。

一体、この子の将来は、どうなるのだろうか?

内容は、くだらないことが多いのだが、時々聞いていて、面白いものがある。

今日の歴史の勉強の時、2分くらいお腹を抱えて笑ってしまった受け答えを紹介したい。

7年生、つまり日本の中1の歴史の勉強をしていた。日本での世界史と全く同じように、エジプト文明など、古い文明国について学んでいた。
日本の歴史とちょっと違っているのは、聖書の観点から歴史を学んでいると言うこと。だから、エジプト文明のところに、バビロン、ヘブルの文明についても加えられている。

今日の勉強は、それぞれがどんな物、事を発明したかと言うことであった。例えば、アルファベット、法律、灌漑施設、天文学などであった。

復習で、ワークブックに、どの文明がどんな発明をしたかを書くことになった。書く前に、二人で読みながら復習をした。

私は結構、負けず嫌いなので、Zに負けないようにと早く答えた。

すると、「ママ、ママが頭がいいのは良く分かりました。すばらしいです。でも、もしママが、11歳の子をアルツハイマーにしたくなかったら、僕に考える時間を下さい。」と言ってきた。

この間、アルツハイマーについて話していた時に、身近な人がいつも答えをあげていると、考える回路がおろそかになり、ぼけてしまうと言うようなことを話したばかりだった。

この子は、漫才師になったほうがいいのだろうかと思いながら、笑い転げて、お腹がよじれてしまった。なんて面白い子を持ったのだろうか!

変化する日本語に乗り遅れた私

中国時代、残留日本人婦人の方と知り合いになった。1920年代に中国に渡られて、日本で大学教育を受けた中国人のご主人と暮していた方だ。クリスチャンで、いろいろな形で、多くを学ばせていただいた。

大川さんという方だったのだが、一番印象に残っているのは、彼女の美しい日本語であった。

明治の気品を残されていて、とても丁寧でお上品な日本語を話されていた。

その当時、彼女の半生記を書くために、私は取材へ通っていたのだが、お話を聞けば聞くほど、自分の日本語の品のなさにあきれ返ってしまったのだった。

言葉は、常に変化している。だから、日本を離れた時点で、その人の日本語の変化は止まってしまうのが自然の摂理のような気がする。まあ、現在のように、テレビジャパンやインターネットがあると、日本にいるかのように、言葉の変化についていけるのかもしれない。

私の日本語を振り返ってみると、、、。というか、振り返ろうとしたことはなかった。が、しばらく前に、ホームスクーリングのワークショップをした時に、通訳をしてくれたVさんから言われた言葉で、考えさせられた。(私は、日本語を話す時は、日本語しか話せない。英語で話している時は、英語だけ。頭が切り替わってしまうのだ。だから、同時通訳は、勘弁してねという事になる。)

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生まれて初めて口にする言葉

上の子を矯正歯科へ連れて行った。今回は、すべてのワイヤーをはずすので、2時間かかるといわれた。実際には、3時間かかったのだが、、、。

その間、待合室に置かれている雑誌を読みまくった。面白い記事があったので、早速ネタにしようと思う。

Parents.comが調査したもので、赤ちゃんが一番初めに発した言葉は何かというものであった。

「ダダ(ダディの幼児語)」         46%
「ママ」                    29%
「ハイ(hi)」                   5%
「あー、おー」                 5%
「バイ」                     2%
「ノー」                     1%
「その他」                   12%

やはり、お父さん、お母さんを呼ぶ言葉が一番最初に覚える言葉なのだと思う。これは、万国共通であろう。

我が家の場合、二人とも、「ダダ」と最初に言ったということにしている。夫がそういっているので、まあ、いいかという感じ。「まんま」という感じの言葉を発したのだが、夫はそれを受け入れなかった。

その後、「まんま」と私を呼んでいるような雰囲気で言葉を発し始めたら、我が夫は、「フード(food)」といって、「ママ」=「ご飯」という風に洗脳していったような気がする。母乳だから、それはそうなんですけれども、、、。

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名前 続編

面白い名前のことを考えていたら、もっとでてきてしまった。今回は、英語の名前。

夫の幼なじみの名前。名字がクリスマス。普通,そういう家に女の子が生まれたら、絶対メリーなんて名前、付けないと思う。ところがこの家庭、彼女にメリーと名前を付けた。それで、メリー・クリスマス。うそのような本当の話。

上の子と私の好きな作家の名前。クリスマス・キャロル・コフマン。彼女は確か、クリスマスの朝に生まれて、ご両親がクリスマス・キャロルと名付けたそう。クリスマス・キャロルねえ。

夫の友達に、ジョンという人がいる。その人がメリーさんと結婚した。日本のコマーシャルを見て育った私には、ジョンとメリーと来れば、「ジョンとメリーのスカイライン」を思い出してしまう。彼らに会うたびに、「ねぇ、スカイラインっていう車に乗ってよ。」といいたくなってしまう私。このコマーシャルを知っている人って、私と同じ年代です。

名字だけれど、ドクター・コッフンという外科医に会ったことがある。コッフンとは、棺おけの事。外科医と棺おけなんて、なんて用意周到なのかしらと思ってしまって、名前を聞いただけで笑い出しそうになってしまった私。夫に厳しくしかられた。

面白い名前は、後がたたない。

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通訳ができない私

夫と一緒に日本へ帰りたくない私。

何が苦痛かというと、日本語を話せない夫のために、いちいち、すべてを訳して説明しなければならないから。

申し訳ないと思うのだが、話が進んでいる時に、「ねぇ、何はなしてるの?」とか言われても、「ちょっと待って、、」で、ずっと待たせてしまう。

なぜ私は、同時通訳ができないのか?考えてしまった。

多くの人は、英語を話す時、頭の中で翻訳して話していると思う。実は、私の頭は、英語と日本語に切り替わってしまうのである。

英語で話す時は、すべて英語モードとなり、考え方も英語だけになってしまう。だから、その途中で日本語を入れられたりすると、途中でつまってしまう。日本語も、同じ。日本語の時は、日本語に切り替わっている。これを書いている時に、子供から何か聞かれると、答えられない。今の私の頭は、日本語だから、、、。結構、面白い現象だと思う。

結局、私は英語を英語としてとらえている。新しい言葉を耳にしても、日本語に翻訳して頭に入れない。英語で理解している。だから、誰かに英単語の意味を日本語に直すように頼まれても、パッとは出てこない。しばらく考えなければならない。

通訳になるためには、修行が必要であろう。だから、通訳にはならない

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母国語教育のすすめ

バイリンガル教育について、皆さんに考えてもらった。

私のオランダ人の友人は、母国語であるオランダ語以外に、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、そして彼女は中国系だったので中国語(広州語)の6ヶ国語を自由に扱っていた。ご主人は、外交官なので、やはり6ヶ国語くらいを、ぺらぺらしゃべっていた。

彼女を見ていて感じたことは、言葉は環境によって学べるということであった。ヨーロッパのように、隣国と距離がごく近い場合、本当に小旅行が、違う国へ行くということになっても、不思議はない。自然と、その国の言葉を身につけていくことができる。

それから、同じ語源の言葉を使っているということは、他の言葉を学びやすくしているだろう。日本語の、標準語と津軽弁くらいの差なのかもしれない。

(津軽弁といえば、大学時代、中国から一時帰国して、東京駅から仙台まで新幹線に乗った。疲れていて、うつらうつら眠っていたようだった。その状況で、私は、横に座っている人がフランス語を話しているのに気がついた。ああ、フランスの人がいるのだなと思いながら、しばらく寝ぼけていた。少しずつ目が覚め、ハッとしてしまった。私がフランス語だと思って聞いていたのは、実は津軽弁だったのだ!)

我が家の場合、夫が日本語を話せないということから、私たち夫婦の共通の言葉は英語とすることになった。中国で新婚生活を始めたので、家を出たら、中国語という生活だった。日本人の知り合いもあまりいなかったので、ほとんど英語と中国語ですごしていた。だから、中国時代の私の日本語は、ものすごくおかしかったと思う。

子供が生まれた時に、言葉をどうするか、悩んだ。その当時、イタリア人と結婚された日本人の女性と知り合い、3歳の息子さんを観察する機会があった。その子は、お父さんとはイタリア語、お母さんとは日本語、保育園その他では中国語という生活をしていた。それなりに、3つの言葉を取り入れていっていた。ただ、言葉の発達が、普通の子供に比べて非常に遅いということが特長だった。3つすべての言葉の発達が、遅れていた。

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ぼけたピング

2006年最後の日の朝、教会での出来事。

日曜学校と教会の間の15分間の隙間の時間に、上の子が関わっている、ナーサリーに顔を出す。

その日、私は、日本の母からのお下がりの、ピンクのスーツを着ていた。次の日は新年だし、なんとなく、新春を想像させる色だと私は思っていた。

4歳の男の子、ロジャーが、彼のお母さんと、お姉さん、弟と共に、ナーサリーにいた。

私を見て、すぐに言った一言。

「まだパジャマ着てるの?」

はっ?これが、パジャマに見えるわけ?と心で思ったけれども、口には出さない。

フォーマルな服をあまり着ないアメリカ人にとって、スーツは、不思議な服なのかもしれない。

このことを、友人のMちゃんとYリンに話していて、「どんな色のスーツだったの?」という事になり、私は、一言、「ぼけたピンク」と言った。

その一言で、二人には、スーツの色が伝わった。日本人だと思った。英語では、ぼけたピンクをどのように表現したらよいのだろうか?pale pinkでは、弱いような気がする。ボケという、すばらしい表現がでていない。誰か、ぼけたピンクを英語で表現してくれませんか?

それから、この二人と一緒にいて思ったこと。

同年代の日本人の友達には、共通の話題があって、本当に面白いということ。共通の話題といっても、たいしたことではない。あの人は今どうなっているとか、あの有名人がどうしたこうしたということである。国際結婚では、できないことである。(ビートルズとか、、、)たまに、同年代の友達と、懐かしさに浸るというのは、いいストレス解消になっている。

Mちゃん、Yリン、ありがとう!




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