守られた私

日曜日、Zのサッカーの試合が、朝の9時からあった。
試合は、10時10分ごろ終わるので、教会学校は間に合わないけれども、礼拝には出られるというスケジュールだった。

試合の1時間前に、フィールドへ集合しなければならないので、日曜の朝、7時20分に家を出た。
Zと私と二人だけだった。
夫とKは、教会の準備。

日曜日の早朝とあって、道路はガラガラ。
ほとんどの車が、規定速度を軽く越えて、私をすいすい抜かしていっていた。
とはいっても、私も10マイルくらいスピードを出しすぎていた。

高速を走っていたわけなのだが、南北縦断から、東西横断の高速に乗り換えた。
そこを少し走っていたら、なぜか、「もっとスピードを落として走らなければ、、、」と思わされた。
なぜかは分からなかったのだが、すぐにスピードを落とさなければと思ったのだった。

その高速は、中央分岐の高速で、片側が2車線ずつの道路だった。
私の前に、結構スピードを出している車が2台走っていた。

スピードを落とさなければと思ってから、すぐに私はスピードを落とした。
その直後に、事件は起きたのであった。

私の前を走っていた2台の車のうち、先に走っていた車が、突然、猛スピードで道路からそれて走っていったのである。居眠り運転をしていたのかもしれない。
反射でハンドルを切ったため、高速の右側の車線に戻ってきた。

私の目の前の車は、すぐに道路の脇に止まった。
前の車が急に止まったので、私は左の車線に移った。
砂埃とともに、私の真横に、ハンドルを切った車が戻ってきたわけなのであった。

その後、その車は、そのまま道路をそれて、高速の脇で3回転して止まった。
私は、一瞬のうちに起きたこの事故に、驚いたとともに、見えない力によって守られたという思いに包まれた。

普通だったら、ガクガク震えて、運転もできなくなってしまっていたと思う。
が、その時は、本当に見えない力に包まれていて、恐れもなく、しっかりと守られていると言う気持ちの方が強かった。

もし、あのまま、スピードを出したまま走っていたら、、、。
もし、あの時、心に感じた事に従っていなかったら、、、、。
もし、あの時、左の車線に移っていなかったら、、、、。

もし、、ということを考え始めたら、本当に、私は目に見えない主に守られたのだなという事実に感謝せずにはいられなくなった。

恐ろしい体験ではあったが、「守られている」、あるいは「まだ、天に召される時ではない」と感じさせられた時であった。

オリンピックでカルチャーショック

おそらく皆さんもであろうが、毎日オリンピックを見て生活している。
夜8時から12時まで、テレビの前で過ごしているわけである。これが3週間続くのだろうか?

アメリカでオリンピックを見ているので、アメリカ人を中心とした放送を見ている。
でも、水泳はアメリカ人選手が強いので、結構楽しんでいる。
ただ、北島選手の金メダルを、なぜか見逃してしまった私である。
マイケル フェルプスは、子供が応援しているせいもあって、欠かさず見ている。

それから、器械体操。
これは、Kと私しか見ない。
夫は、大学時代、器械体操をやっていた。だから、その中に含まれている危険性をいつも先に考えてしまうので、見ることができないのである。大学時代、同級生が演技中に首から落ちて、首の骨を折って亡くなってしまった。また、それを目撃したということも、彼が体操を見ることができない原因かもしれない。

さて、一昨日の体操の男子団体戦を見ていて思ったこと。
これは、中国、アメリカ、そして日本の選手を見せてくれた。
アメリカ選手、やはり、彼らはどこへ行ってもアメリカ人。
明るいのである。失敗してもポジティブ。

アメリカのあん馬は、インターナショナルだった。
中国からの移民と、インドからの移民、そしてロシアからの移民の3人が演技した。
先の二人は、プレッシャーからか、得点が非常に低かった。
銀メダルが取れそうな位置にいたのだが、この二人の演技でメダルさえ危うくなる。
最後のロシアからの移民選手の、すばらしい演技によって、銅メダルを獲得。
スター選手に欠けており、若い選手中心のチームだった事もあり、アメリカ選手達、銅メダルがとても嬉しそうだった。金メダルを取ったくらい嬉しそうだった。
得点の低かった選手さえも、「皆さんに申し訳ないことをした」というような態度ではなく、本当に喜んでいた。

それと対照的なのが、日本の選手だった。
そうとうなプレッシャーがあったのは当然だと思う。
でも、やはり、無表情。
これって、この間、私がセミナーでお話していた時に、反応がない中で話していたような感じだ。

それから、日本の男の子達、すごく「きれい」なのであった。
昔の「むさくるしい」男の子というのがいないのである。
にきびボツボツで角刈りの男の子というのは、もう存在しないのであろう。
でも、なんていうか、男臭さが全くない。中性的な男の子達に、私には見えてしまった。

同じアジア人でも、中国人には、まだ男臭さが残っていたような気がする。
それから、まあ、地元でのオリンピックということもあるだろうが、本当に嬉しそうに、また感情表現を豊かにしていた。

私は、というか、私の日本人さはどこへ行ったのだろうか?
というか、私は結構、昔から日本人らしくなかった。
だから、日本人と結婚できなかったのかもしれない。

オリンピック観戦で、またカルチャーショックに陥ってしまった私であった。

アメリカナイズされてしまった自分を自覚した時

昨日、日曜日の午後に、日本人教会で、子育てセミナーを開いた。
これまでも、この教会には何度か呼んでいただいて、子育てに付いて、またホームスクーリングについてお話して来た。

今回は、子育てについてでも、一般的なことよりも、アメリカで日本人が子育てをしていく上で気をつけなければいけないことをお話した。それから、私の心の中にいつもある葛藤について。

日本的な子育てでは、躾けは学校へ上がった時に、学校の先生から教えてもらうという事が多いような気がする。例えば、料理、お裁縫などはお母さんから教わるのではなくて、家庭科の時間に習う。お掃除の仕方も、学校のお掃除当番の時に、学んでいく。というな感じである。

5歳くらいまで、全くしつけをされなくても、学校へ上がれば、ある程度、きちんとした子供が出来上がる。

アメリカの学校教育は、そういったことを学校で教えてくれない。だから、小さい時の家庭でのしつけができない子は、いつまでたっても躾けのない子として育ってしまう。社会の迷惑となってしまうのである。だから、アメリカに住んでいる限り、家庭でのしつけを徹底的にしていかないと、恐ろしい子供が育ってしまう。

もう一つ、私の心にある葛藤について。
子育てをしていて、私の心にいつもある葛藤は、日本人としての私と、子供を良い人間に育てたいと思い、霊的な面を重視している私なのである。この二つがいつも、私の心の中で戦っているような気がする。

先日、下の子Zは、友人のスペンサーとしっくり行かない事があった。
5人の子で、空気銃で遊んでいたのだが、Zが勝ちすぎてしまい、スペンサーがやきもちを焼いて、残りの3人をそそのかして、4人でZに向かってきたのであった。そこで口論をするのではなく、Zはその場を去って、家へ帰ってくるという行動を取った。帰ってきてから、スペンサーに裏切られた事が悲しくて、激しく泣いていた。

しばらくしてから、スペンサーのお母さんがスペンサーを連れて、我が家へやってきた。
Zに会って、話をしたいということだった。
この時に、いつもの葛藤が起きたのだった。

日本人的な私の部分は、波風を立てずに、私あるいはうちの子が我慢して、すべてを平穏に解決しようと思っていた。
子供の成長を考えての私は、Zのとった行動を評価し、スペンサーのお母さんに真実を告げるというものであった。
この二つが心の中で戦っていたのである。

スペンサーのお母さんに、「なんでもないわよ。明日になればもう忘れるわよ。お互いさまだもの。」と言って簡単に終わらせる事もできた。
でも、私は、「私は、けんかや口論をしないで、帰ってきたZの行動は正しいと思う。私はそれを高く評価してあげたいと思っている。今、スペンサーが来て、あやまろうとしているのは、お母さんに言われてきているのか、自分から思ってきているのか分からないから、Zと話してもらいたくない。本当にスペンサーが心から悪かったと思わない限り、もう、Zの所には来ないで欲しい。」と言ったのだった。

普通の私だったら、こんな事は言えない。でも、子供の事を考えたら、こういった言葉が出てしまったのだった。

と、子育てセミナーでは、このような私の体験してきた事をお話させていただいた。

話しながら、なんだか、ものすごく話しにくいなと思ってしまう自分を感じていた。
何がおかしいのだろうと思って、話していた。

私にとって、話しにくかった理由は、日本人の方は、お話を聞いている時、全く反応を示さないという事なのであった。来てくださっている方の顔を見ながら話していたのだが、うなずいたり、首を振ったりという反応をしている人はたった一人であった。その方は、日本から、生まれたばかりのお孫さんを訪ねにいらしていた方であった。反応がないから、私一人で話したいことをただ話しているだけという感じがしてしまっていた。通じているのかしら?と思いながら、、、、。

なんだか、日本人教会へ行って、自分がもう日本人らしさをもなくしてしまったのだなと思わされてしまった。お行儀よく話を聞いてくださる方々を、おかしいと感じてしまうくらいなのだから、、、、。

アメリカナイズというよりは、日本文化の嫌だった部分を切り捨てている自分に気が付いてしまった私であった。

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